スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

お墓にひなんします 南相馬の93歳自殺

「ぼくの父さんは、自殺した。」―その一言を語れる今 (Soenshaグリーンブックス)
今西 乃子
4882643049


東日本大震災:お墓にひなんします 南相馬の93歳自殺 毎日jp
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/news/20110709k0000m040149000c.html



「私はお墓にひなんします ごめんなさい」福島県南相馬市の緊急時避難準備区域に住む93歳の女性が6月下旬、こう書き残し、自宅で自ら命を絶った。東京電力福島第1原発事故のために一時は家族や故郷と離れて暮らすことになり、原発事故の収束を悲観したすえのことだった。遺書には「老人は(避難の)あしでまといになる」ともあった。

 女性は同市原町区の静かな水田地帯で代々続く田畑を守り、震災時は長男(72)と妻(71)、孫2人の5人で暮らしていた。長男によると、以前から足が弱って手押し車を押していたが、家事は何でもこなし、日記もつけていた

 第1原発の2度の爆発後、近隣住民は次々と避難を始めた。一家も3月17日、原発から約22キロの自宅を離れ、相馬市の次女の嫁ぎ先へ身を寄せた。翌日、さらに遠くへ逃げるよう南相馬市が大型バスを用意し、長男夫婦と孫は群馬県片品村の民宿へ。長距離の移動や避難生活を考え、長男は「ばあちゃんは無理だ」と思った。女性だけが次女の嫁ぎ先に残ることになった。

 4月後半、女性は体調を崩して2週間入院。退院後も「家に帰りたい」と繰り返し、5月3日、南相馬の自宅に戻った。群馬に避難している長男にたびたび電話しては「早く帰ってこお(来い)」と寂しさを訴えていたという。

 長男たちが自宅に戻ったのは6月6日。到着は深夜だったが、起きていて玄関先でうれしそうに出迎えた。だが緊急時避難準備区域は、原発事故が再び深刻化すればすぐ逃げなければならない。長男夫婦が「また避難するかもしれない。今度は一緒に行こう」と言うと、女性は言葉少なだった。「今振り返れば、思い詰めていたのかもしれない」と長男は話す。

 住み慣れた家で、一家そろっての生活に戻った約2週間後の22日。女性が庭で首をつっているのを妻が見つけ、長男が助け起こしたが手遅れだった

 自宅から4通の遺書が見つかった。家族、先祖、近所の親しい人に宛て、市販の便箋にボールペンで書かれていた。家族には「毎日原発のことばかりでいきたここちしません」。先立った両親には「こんなことをして子供達や孫達、しんるいのはじさらしとおもいますが いまの世の中でわ(は)しかたない」とわびていた。

 奥の間に置かれた女性の遺影は穏やかに笑っている。近所の人たちが毎日のように訪ねてきて手を合わせる。「長寿をお祝いされるようなおばあちゃんが、なぜこんな目に遭わなければならないのですか……」。遺書の宛名に名前のあった知人が声を詰まらせた。葬儀で読経した曹洞宗岩屋(がんおく)寺前住職、星見全英さん(74)は「避難先で朝目覚め、天井が違うだけで落ち込む人もいる。高齢者にとって避難がどれほどつらいか」と心中を察する。

 取材の最後、長男夫婦が記者に言った。「おばあちゃんが自ら命を絶った意味を、しっかりと伝えてください」【神保圭作、井上英介】

 ◇女性が家族に宛てた遺書の全文
(原文のまま。人名は伏せています)

 このたび3月11日のじしんとつなみでたいへんなのに 原発事故でちかくの人達がひなんめいれいで 3月18日家のかぞくも群馬の方につれてゆかれました 私は相馬市の娘○○(名前)いるので3月17日にひなんさせられました たいちょうくずし入院させられてけんこうになり2ケ月位せわになり 5月3日家に帰った ひとりで一ケ月位いた 毎日テレビで原発のニュースみてるといつよくなるかわからないやうだ またひなんするやうになったら老人はあしでまといになるから 家の家ぞくは6月6日に帰ってきましたので私も安心しました 毎日原発のことばかりでいきたここちしません こうするよりしかたありません さようなら 私はお墓にひなんします ごめんなさい



さようなら 私はお墓にひなんします ごめんなさい

「日本の悪政ここに極まれリ。」

生きているよりも死んだ方がいいと思わせる。

政治が一人の老人を殺した。

この老人は津波や放射能で死んだのではない。

政治に殺されたのだ。

復興、未来へのビジョンを語れない政治屋達の政争の間に未来を悲観した被災者達が次から次へと自らの命を絶ち死んで行く。

今彼らにとって最も重要で忙しいのは次の政権での有利なポジションを確保するための政争。

おそらく選挙に弱い人や資金に余裕の無い人はこの緊急時でさえ、実の処は他人の心配をしている余裕が無いのだろう。


文中からは避難の寂しさによって自殺したかの様な印象を受けるが、一貫した姿勢を貫かなかった事が問題であったと思います。

今となればアメリカの様に安全性を考えて過剰すぎるとも思える非難を行っていればよかったと内心感じているのかもしれない。

実際、あのまま現在も避難せずにいれば内部被爆で実験動物状態になっていたのではないだろうか。

そう考えると未来を考えて避難しておいてよかったと思う。

ただそれが少し遅きに失した部分があるのと、原発事故収束について被災者に楽観した展望を語ったのが問題だったのです。

津波で多くの人達が死んで落ち込んでいたのを配慮したのか、最初に厳しい現実を言わずに安易に楽観視した話をしてしまった。

本当の政治家と言うのは耳障りの良い話ばかりではなく、時には相手にとって厳しく嫌な事を言う役回りもしなければならないと思う。

世界で起きた事のない規模の原発事故で、この事故の完全な見通しや周辺への影響などおそらく世界中の誰にも分からない。

今後も収束作業や様々な事象が起こるかもしれない。

ストレステストなどについてはいきなり行われたが、やる事自体は良い事であると思う。

ただあれだけ批判されるのは政府内での事前の合意や国民に対して、良いと思われる事については計画を即断即決で変更すると言っていない事に問題があるのだろう。

だが政争中の民主党内では事前に話すと筒抜けになり潰されるかもしれない。

周りにとっては相談無しにいきなり方針転換なのだから不満やストレスも貯まる。

まさかストレス負荷を掛け、総理を引き継ぐ若手の資質を見極めていると言う訳でもないだろうが、

復興を担う次の総理大臣と言う重責に相応しい人物はこの程度のストレステストは涼しい顔で軽くクリアする位でなくては務まらないのかもしれない。

日本では総理になれば様々な所から袋叩きにされるのが常なのだから・・・・・

今、涼しい顔で受け流しているのが次の総理かも?と思った人はボールをキック!!
人気ブログランキングへ

「ぼくの父さんは、自殺した。」―その一言を語れる今 (Soenshaグリーンブックス)
今西 乃子

「ぼくの父さんは、自殺した。」―その一言を語れる今 (Soenshaグリーンブックス)
自殺って言えなかった。 (サンマーク文庫) 自殺で家族を亡くして―私たち遺族の物語 自殺で遺された人たちのサポートガイド―苦しみを分かち合う癒やしの方法― 自ら逝ったあなた、遺された私―家族の自死と向きあう (朝日選書) 遺書―5人の若者が残した最期の言葉 (幻冬舎文庫)
by G-Tools
関連記事

この記事へのコメント

管理人のみ通知 :

トラックバック


Ads by Google
BLOGRANKING
Amazon.
QRコード
QR
アクセスカウンター
ブックマーク
Ads by google.
カレンダー
11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
カテゴリ
月別アーカイブ
ブックマーク
FX業者ランキング
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。